タフカントリーチャレンジ レースレポート:計画外の状況判断とリスク評価の検証
「私のレースログ」へようこそ。この記事では、先日参加したアドベンチャーレース「タフカントリーチャレンジ」のレポートと、そこから得られた学びについて詳細に共有いたします。
タフカントリーチャレンジは、変化に富んだ山岳地帯を舞台に、約48時間かけてトレッキング、マウンテンバイク、パドル、そして各種課題をクリアしていく形式のレースです。距離は約200km、累積標高は5000mを超え、体力だけでなく高度なナビゲーション能力とチーム連携が求められます。
今回のレースに臨むにあたり、私たちのチームは「計画通りに進めること」を基本戦略としつつも、特に「計画外の状況が発生した場合の判断基準」について、事前にチーム内でしっかりと議論し、共通認識を持つことに重点を置きました。具体的には、悪天候による進行困難、メンバーの軽傷、機材トラブルといったシナリオを想定し、それぞれの場合における「続行」「ペースダウン」「一時停止」「撤退」の判断基準をすり合わせました。これは、過去のレースで予期せぬ事態に直面した際に、チーム内で判断が分かれたり、冷静さを欠いたりした経験があったためです。この記事では、実際にレース中に発生した計画外の状況と、その際の具体的な判断プロセス、そしてそこから得られた教訓を中心に報告いたします。
レース前の準備:不確実性への備え
レース前の準備段階で最も時間をかけたのは、ルート計画と装備の選択でした。通常のアドベンチャーレースと同様に、詳細な地形図、コンパス、高度計、GPSデバイス(バックアップ及びログ記録用)を用意しました。加えて、今回は想定される悪天候や、標高変化に伴う気温低下に備え、防水・防風性能の高いシェルウェアを一人一枚携帯すること、更には予備としてより保温性の高いミッドレイヤーと、雨天時のために防水グローブも携行することにしました。これは、重量は増すものの、過去の経験から悪天候下での体温維持の重要性を再認識したためです。
補給計画については、2時間おきにジェルやエネルギーバーを摂取することを基本とし、固形食はトランジションや休憩時にしっかりと摂る計画でした。特に今回は、消化器系のトラブルを防ぐため、普段から食べ慣れているものを選び、種類の異なるものを複数用意しました。また、簡易的なテーピングや消毒薬、鎮痛剤などを含む応急処置キットも、チーム内で確認し、すぐに取り出せる場所にパッキングしました。
チーム戦略としては、各セクションでの目標タイムを設定し、全体を通して無理のないペース配分を心がけること。ナビゲーションは基本的に私が担当し、他のメンバーは地形の読み取りや周囲の確認、ペース維持をサポートする役割分担を決めました。そして最も重要視したのが、前述の「計画外状況における判断基準」の共有です。悪天候による視界不良や危険箇所(沢の増水、滑りやすい岩場など)への遭遇、メンバーの体調不良や怪我の程度に応じた対応について、具体的なケースを想定して話し合いました。
レース中の詳細:計画外の判断とその結果
レース序盤:計画通りの進行と僅かな判断の揺らぎ
スタート直後のトレッキングセクションは順調に進みました。事前のルート計画に基づき、尾根筋を正確にトレースし、計画通りのペースで最初のチェックポイント(CP)に到達しました。ナビゲーションも地形図とコンパスで高い精度を維持できており、チームの士気も高かったです。
最初のバイクセクションに入り、舗装路から未舗装路へ移行する地点で、少しでもショートカットしようと、急な斜面のヤブ漕ぎルートを選択するか、少し遠回りでも整備された林道を選択するか、チーム内で意見が分かれました。計画では林道を使うことになっていましたが、地図上ではヤブ漕ぎルートの方が短く見えました。ここで、事前の「計画外の判断基準」に基づき、リスク(ヤブ漕ぎによる怪我、機材損傷、ナビゲーションミス)とリターン(タイム短縮)を比較検討しました。結果として、序盤であり無理をする必要はないという判断から、計画通り林道を選択しました。タイムはわずかにロスしたかもしれませんが、ヤブ漕ぎによる体力消耗や機材へのリスクを回避できた点で、この判断は正しかったと考えます。
レース中盤:予期せぬ悪天候の襲来とルート変更判断
レース開始から約15時間、山岳地帯の深い森の中をトレッキングしている最中に、予報よりも早く、そして激しい雨が降り始めました。同時に気温も急激に低下し、視界も悪化しました。事前に想定していた悪天候シナリオが発生したのです。
ここで、チームは一度立ち止まり、状況を再評価しました。当初のルートは沢沿いを進む計画でしたが、雨による増水が懸念されました。また、尾根筋は風が強くなる可能性があり、低体温症のリスクが高まります。事前の判断基準に照らし合わせ、最も安全を確保できる選択肢として、少し遠回りにはなりますが、比較的整備された巻き道にルートを変更する判断を下しました。
この判断は、時間的なロスには繋がりましたが、増水した沢を無理に渡る危険や、尾根での強風による体温低下リスクを回避できた点で、非常に重要でした。雨具や防寒具をしっかりと着用し、補給もこまめに行いながら、チームは冷静に新しいルートを進みました。困難な状況下でも、事前の話し合いがあったおかげで、チーム内での意見の対立はなく、スムーズに判断を共有し行動に移すことができました。
レース後半:チームメンバーの軽傷発生とリスク評価
レース終盤に差し掛かった、フィニッシュまで残り約30km地点のトレッキングセクションで、チームメンバーの一人が下りのガレ場で足を滑らせ、軽い捻挫をしてしまいました。痛みはあるものの、歩行は可能で、自力で立ち上がれる程度の怪我でした。
再び、チームは立ち止まり、状況を評価しました。怪我の程度、フィニッシュまでの距離と地形(まだテクニカルな下りが残っている)、残りの体力、そして何よりも安全にフィニッシュできるか、という点を考慮しました。事前の判断基準では、「歩行困難な場合は撤退を検討する」と定めていましたが、今回は歩行可能でした。
議論の結果、以下の判断を下しました。 1. 一時的にペースを大幅に落とし、怪我をしたメンバーの足首をテーピングで固定する。 2. 可能な限り、怪我をしたメンバーの荷物を他のメンバーで分担する。 3. 残りのルートで危険箇所(特に下り)を事前に共有し、より慎重に進む。 4. 痛みが悪化し、歩行が困難になった場合は、その時点で撤退を検討することを再度確認する。
この判断は、完走したいという気持ちと、メンバーの安全確保という二つの要素を天秤にかけた結果でした。タイムは大幅にロスしましたが、メンバーは痛みに耐えながらも自力で歩き続けることができ、チーム全員でフィニッシュを目指すことを選択しました。この過程で、怪我をしたメンバーへの精神的なサポートや、他のメンバー間の協力が不可欠でした。困難な状況を通じて、チームの絆が深まったと感じています。
詳細な振り返りと分析:計画外への対応力
今回のレースを振り返り、計画外の状況への対応という観点から深く分析します。
成功要因:
- 事前のリスク想定と判断基準の共有: これが最も大きな成功要因です。悪天候や軽傷といったシナリオを事前に想定し、どのような状況でどのような判断をするか、チーム全員で共通認識を持てていたことが、レース中の困難な状況下でも冷静かつ迅速に、そしてチームとしてブレずに判断できたことに繋がりました。
- 「安全第一」の原則遵守: タイムや順位への意識よりも、安全にレースを終えることを最優先するという原則をチームで徹底できたことが、リスクの高い判断を回避することに役立ちました。悪天候下でのルート変更や、メンバーの怪我への対応判断において、この原則が基準となりました。
- 困難な状況下でのチームコミュニケーション: 悪天候やメンバーの怪我といったプレッシャーのかかる状況でも、互いを尊重し、意見をしっかりと共有しながら判断を進めることができました。特に、怪我をしたメンバーの状況を正確に把握し、本人の意思や状態を考慮した上で判断できたことは重要です。
失敗要因:
- 想定を超える悪天候への装備の甘さ: 防水グローブやより保温性の高いインナーなど、悪天候対策の装備は持参しましたが、想定した以上に気温が低下し、寒さを感じた時間帯がありました。特に手の冷えは、細かい作業や判断力にも影響を与えかねません。事前の天気予報だけでなく、過去のその地域の気候データなども考慮した、より万全な装備検討が必要でした。
- 軽傷予防策の不足: ガレ場での足首の捻挫は、予測できないアクシデントではありますが、疲労が蓄積した状態での下りでの発生は、疲労による集中力の低下や、足首周りの筋力・バランス不足が影響した可能性も考えられます。日頃からのトレーニングにおいて、特定の地形への対応や、疲労下での体のコントロールに意識を向ける必要性を感じました。
- 疲労による判断力の僅かな低下: レース終盤、肉体的な疲労がピークに達すると、ナビゲーションやペース配分に関する判断において、わずかなミスや迷いが生じることがありました。大きなトラブルには繋がりませんでしたが、このような小さな判断の揺らぎが積み重なることで、大きな問題に発展するリスクがあることを再認識しました。
読者への学び:
今回の経験から、アドベンチャーレースにおける「計画外の状況への対応力」は、計画通りに進める能力と同等か、それ以上に重要であると強く感じました。読者の皆様への学びとしては、以下の点が挙げられます。
- レース前の「リスク想定会議」の実施: チームでレース中に起こりうるリスクを具体的に洗い出し、それぞれの場合の対応方針と判断基準を事前に話し合っておくことは、困難な状況下での冷静な判断とチーム内の連携に非常に有効です。
- 「最悪のシナリオ」を想定した装備検討: 天候やコース状況に関する予報はあくまで予測です。予報よりも悪い状況を想定し、体温維持や安全確保のための装備を検討する余地がないか、常に考えるべきです。重量増とのバランスは難しいですが、安全が確保されてこそ、レースは継続できます。
- 疲労下の判断力維持への意識: レース終盤の疲労は避けられませんが、その中でも正確な判断を下すためには、日頃のトレーニングで疲労下での思考力を養うことや、レース中に意識的に休息や補給を挟む計画が重要です。
- チーム内の「困難時コミュニケーション」の訓練: プレッシャーのかかる状況でこそ、チーム内でオープンかつ建設的なコミュニケーションが取れるかどうかが問われます。日頃から、困難な状況を想定したシミュレーションや、意見の対立を乗り越えるための話し合い方を練習しておくことも有効かもしれません。
装備レビュー:困難を支えたギア、見直すべきギア
今回使用した装備の中で、特に印象に残ったもの、あるいは見直すべきと感じたものをいくつかレビューします。
- 防水・防風シェルウェア (例: ブランドA、モデルB): 予期せぬ悪天候下でその真価を発揮しました。激しい雨と風の中、内部への水の侵入をしっかりと防ぎ、体温維持に貢献してくれました。透湿性も比較的高く、激しい運動中でも蒸れすぎを感じることは少なかったです。重量と機能のバランスが良く、今回の判断を支えてくれた重要なギアでした。
- 防水バック(スタッフサック)(例: ブランドC、モデルD): 全ての着替えや寝袋などをこれに入れることで、バイクセクションでの泥はねや、雨天時でも内容物を完全にドライに保つことができました。特に、予備の防寒着や補給食が濡れてしまうことはモチベーション低下に直結するため、必須の装備だと感じています。
- ヘッドライトの予備バッテリー管理: メインライト、サブライトに加え、予備バッテリーも十分量持参しました。夜間セクションが長かったため、計画的にバッテリーを交換し、常に明るさを確保できたことは、ナビゲーション精度や安全確保に大きく貢献しました。モバイルバッテリーによるUSB充電式ライトも便利ですが、交換式バッテリータイプも併用することで、より柔軟な対応が可能になります。
- トレッキングシューズ (例: ブランドE、モデルF): テクニカルな下りや滑りやすい路面でも、比較的安定したグリップを提供してくれましたが、疲労下での足首の安定性という点では、もう少しサポート力のあるモデルや、足首を強化するトレーニングの必要性を感じました。
具体的な改善策:次へのアクションプラン
今回のタフカントリーチャレンジでの経験を踏まえ、次のレースに向けて以下の具体的な改善策を実行に移す計画です。
- 悪天候・低温対策装備の見直し: 今回寒さを感じた点を踏まえ、より軽量で保温性の高いミッドレイヤー、そして厳しい雨天でも指先の感覚を失わない防水・保温グローブを検討します。また、悪天候が予想される場合は、シューズカバーや防水ソックスも選択肢に加えます。
- 怪我予防のためのフィジカルトレーニング強化: 特に足首周りの筋力、バランス、そして固有受容感覚を養うトレーニングを継続的に行います。片足立ち、不安定な場所でのスクワット、ボックスジャンプなどが有効だと考えています。また、疲労が溜まった状態での下り方を練習に取り入れます。
- 疲労下での判断力トレーニング: 地図読みや計算問題などを、軽い運動後や睡眠不足の状態で敢えて行うことで、疲労による認知機能の低下に慣れ、その中でも正確な判断を下す訓練をします。また、レース中盤以降に集中力を維持するためのメンタル面の対策も検討します。
- チーム内「困難時シミュレーション」の深化: 次回レース前には、さらに具体的なシナリオ(例: ルート上で予想外の断崖に遭遇、パドル中に艇に穴が開いた、メンバーが発熱したなど)を想定し、それぞれの状況でどのような情報に基づいて、誰が、どのような判断を下すか、詳細なロールプレイングを行います。これにより、実際のレースで同様の状況に遭遇した際に、よりスムーズで最適な判断ができるように備えます。
- 補給戦略の柔軟性向上: 計画通りの補給に加えて、悪天候や疲労によって食欲が湧かない、あるいは特定の補給食が合わないといった状況に備え、複数の種類の補給食(ジェル、固形食、ドリンクミックスなど)を用意し、その場で体が受け付けやすいものを選ぶ柔軟性を持たせます。
まとめ:計画外こそ学びの宝庫
タフカントリーチャレンジは、計画通りにはいかないアドベンチャーレースの本質を改めて教えてくれる大会でした。予期せぬ悪天候、チームメンバーの軽傷といった計画外の状況への対応は、タイムロスに繋がることもありましたが、それらの困難をチームで乗り越え、全員でフィニッシュできた経験は、何物にも代えがたい価値があります。
アドベンチャーレースにおける「判断力」は、ナビゲーションやペース配分だけでなく、こうした計画外の状況にどう対応するか、という点にこそ真価が問われます。事前の備え、チームとの連携、そして何よりも安全を最優先するという原則を持つことが、困難なレースを乗り越え、次の成長へと繋がる学びを得るための鍵となります。
今回の経験とそこから導き出された改善策を、今後のレース活動にしっかりと活かして参ります。そして、この記事が、読者の皆様が自身のレース活動における計画外の状況への対応やリスク管理について考える一助となれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。