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体温と補給の戦い:サザンアイランドチャレンジ詳細レポートに見る高温多湿環境への適応戦略

Tags: レースレポート, 体調管理, 補給戦略, 高温多湿, サザンアイランドチャレンジ

アドベンチャーレースは、予測不能な自然環境と長時間の運動が組み合わさることで、アスリートの身体と精神に多様な課題を突きつけます。今回参加した「サザンアイランドチャレンジ」は、温暖な気候帯に位置する島嶼部で開催され、特に高温多湿という厳しい環境が特徴的なレースでした。2日間にわたるトレッキング、バイク、パドルといった複数のセクションを通して、私はこの環境下における体温管理と補給戦略の重要性を改めて痛感し、多くの学びを得ました。

この記事では、サザンアイランドチャレンジにおける私の経験を詳細にレポートし、特に高温多湿環境への適応戦略に焦点を当てた具体的な判断、その結果、そしてそこから導き出される具体的な改善策を共有いたします。単なる体験談に留まらず、読者の皆様が自身のレース活動、特に同様の環境下でのパフォーマンス向上に役立てられるような、実践的な情報を提供することを目的としております。

レース前の準備:高温多湿への意識

サザンアイランドチャレンジに向けての準備段階では、レースが開催される地域の高温多湿という気候条件を最も重要なファクターとして考慮しました。

レース全体の戦略としては、完走を最大の目標としつつ、設定した目標タイムの達成を目指すこととしました。しかし、この環境下ではオーバーヒートや脱水がパフォーマンスに甚大な影響を与えるリスクが高いと判断し、無理なハイペースは避け、体調維持を最優先する戦略を選択しました。特に、レース序盤から意識的にペースを抑制し、身体への過負荷を避けることをチームで共有しました。

装備選択においては、通気性と速乾性を重視しました。ベースレイヤー、行動着ともに、汗を素早く外部に排出する素材を選びました。水分補給は、ハイドレーションパック1.5リットルに加え、別途ソフトボトル2本(合計1リットル)を携行する構成としました。これは、水分消費が激しくなることを想定し、計画的な補給と、予備の水分携行の重要性を考慮したためです。また、塩分や電解質の補給のため、塩分タブレットと電解質パウダーを多めに準備しました。

直前の調整としては、レース前日から意識的に水分とミネラルを摂取しました。また、レース当日の朝食では、消化が良くエネルギーになるものを中心に摂取し、レース中の消化不良リスクを軽減するよう努めました。

しかし、今振り返ると、事前の暑熱順化(acclimatization)が不十分であった可能性は否めません。レース開催地に近い環境でのトレーニング期間を十分に設けられなかったことが、レース中の体調維持により大きな影響を与えた可能性を後から認識いたしました。

レース中の詳細:環境と戦う

レースは、早朝のスタート直後から高い湿度と気温を感じる状況で開始されました。

トレッキングセクション(初日午前)

スタート後、数キロのトレッキングセクションが始まりました。予想通り、短時間で全身から汗が噴き出す状態となりました。事前に計画していたよりも早い段階で、意識的に水分・塩分補給を開始する判断をしました。他のチームが比較的速いペースで進む中、私たちはペースを意図的に落とし、体温の急激な上昇を抑えることに重点を置きました。この判断により、序盤でのオーバーヒートは回避できたと感じています。しかし、想定以上の発汗量であったため、計画していた水分が予想より早く消費される状況となりました。これは、事前の発汗量予測が甘かったことを示しています。

バイクセクション(初日午後)

午後のバイクセクションは、海岸線沿いのフラットな道から内陸部の緩やかな丘陵地帯へと変化しました。海岸線では比較的風がありましたが、内陸部に入ると日差しが強く、風通しの悪いエリアでは体感温度がさらに上昇しました。登り坂では、体力温存と体温上昇抑制のため、無理せずバイクを押し歩くことも選択しました。また、定期的にバイクを降りて休憩を取り、風通しの良い場所で身体を冷やすよう努めました。ハイドレーションシステムからの給水に加え、チェックポイント(CP)では提供される水と電解質ドリンクを積極的に摂取しました。これらの対応により、体温の異常な上昇は避けられましたが、疲労感は強く、明らかにパフォーマンスが低下していることを自覚しました。さらに、高温下での継続的な補給が胃腸に負担をかけたのか、若干の不快感も感じ始めました。

パドルセクション(初日夜間~2日目未明)

夜間に入り、気温は日中より幾分か下がりましたが、湿度は依然として高く、空気は重く感じられました。パドルセクションは、比較的穏やかな湾内で行われましたが、長時間の単調な運動と疲労により、集中力の維持が課題となりました。チームメンバーと定期的に声を掛け合い、モチベーションを維持するよう努めました。補給は液体状のエネルギー補給食と電解質ドリンクを中心に摂取しました。夜間ナビゲーションは、ヘッドライトと夜光コンパス、そして予備として携行していたGPSを併用しました。目印が少ない環境下では、コンパスの正確な使用と、GPSによる位置確認が有効でした。大きなナビゲーションミスやトラブルなくこのセクションをクリアできましたが、疲労によるパドル効率の低下は否めず、事前に想定していたより時間を要しました。

トレッキング/ナビゲーション(2日目午前)

2日目の午前は再びトレッキングセクションでした。日が高くなるにつれて再び気温と日差しが強くなりました。コースは密林エリアを含んでおり、ここでは視界が悪く、GPSの信号も不安定になる箇所が散見されました。密林内でのナビゲーションは、開けた場所でのナビゲーションとは異なり、地形図とコンパスを用いたより繊細な読図能力が求められました。尾根線や沢といった地形の微細な変化を正確に読み取り、現在地を常に把握するよう努めました。チーム内で地図読み、コンパス操作、周囲の地形確認といった役割を分担し、連携を取りながら慎重に進みました。この慎重な判断により大規模なルートロストは避けられましたが、密林特有の進行困難な植生により、通過に想定以上の時間を要し、体力を大きく消耗しました。

体力・精神面、予期せぬ状況への対応

レース終盤の2日目午後にかけては、蓄積された疲労と暑さにより、チーム全体のペースが著しく低下し、モチベーションの維持が困難になる場面がありました。このような状況下では、チームメンバー間の積極的な声かけと、小さな目標設定(例: 次のCPまで頑張ろう、次の休憩地点まであと少しなど)が非常に有効でした。

また、レース中には予期せぬ急なスコールに複数回見舞われました。装備の大部分は防水対策が施されていましたが、身体が濡れることで不快感が増し、体温調節が難しくなる状況が発生しました。スコール中は無理にペースを上げず、安全を確保することを優先する判断をしました。また、身体が冷えすぎないよう、風の強い場所では立ち止まらずに進む、可能な限り濡れたウェアのまま長時間留まらないといった対応を取りました。幸い体調を大きく崩すことはありませんでしたが、濡れたウェアやシューズが不快感を増幅させ、パフォーマンスに影響を与えたことは事実です。替えの靴下や、簡易的な着替えの準備が不足していた点を反省しています。

詳細な振り返りと分析:課題と学び

サザンアイランドチャレンジを通して、高温多湿環境におけるアドベンチャーレースの難しさ、そしてそれに対する準備・対応の重要性を深く学びました。

成功要因としては、レース序盤から水分・塩分補給を積極的に行ったこと、そして高温下での体温上昇を避けるためにペースを意図的に抑制した判断が挙げられます。これにより、レース序盤での重大なトラブル(熱中症など)を回避できたと考えています。また、困難な状況下でのチームメンバー間の継続的なコミュニケーションとサポートも、完走に不可欠でした。

一方、多くの課題も見つかりました。最も大きな失敗要因の一つは、事前の暑熱順化が不十分であったことです。身体が暑さに慣れていなかったため、レース中の体温調節に苦労し、パフォーマンスの早期低下を招いた可能性が高いと考えられます。また、レース中の補給戦略、特に補給食の選択にも課題がありました。高温下では固形物が喉を通らず、食欲が低下することを想定していましたが、それに対する具体的な代替策(例: 液体状のエネルギー補給食の割合を増やす)や、消化器系への負担を軽減する方法について、十分な準備ができていませんでした。結果として、必要なエネルギー摂取が追いつかず、ガス欠に近い状態を招いた時間帯もありました。さらに、急なスコールへの対応として、ウェアやパックの防水は行っていましたが、シューズや靴下が長時間濡れることによる不快感や、それによる足のトラブル(まめなど)への対策が不十分でした。密林エリアでのナビゲーションにおいては、GPSに頼れない状況下での地形図読図スキルに改善の余地があることを痛感しました。特に、植生の濃さや地形の微細な変化を正確に把握し、現在地を特定する能力をさらに磨く必要があります。

これらの経験から、読者の皆様へ特に伝えたい学びは、高温多湿環境下でのレースにおいては、水分・塩分補給は「喉が渇く前に、定期的に」という基本をさらに徹底し、計画よりも前倒しで、かつ継続的に行う必要があるということです。また、補給食についても、環境によって食欲や消化能力が変化することを理解し、様々な形態(固形、ジェル、液体)のものを準備し、状況に応じて使い分ける柔軟性を持つことが重要です。そして、ウェアや装備だけでなく、暑熱順化という身体そのものの準備が、パフォーマンスに大きく影響することを認識すべきです。さらに、予期せぬ雨などによる「濡れ」は、体温調節や快適性を著しく損なうため、単なる防水対策だけでなく、濡れた際の身体への影響を最小限にするための装備や対応策を検討しておくことも有効です。

装備レビュー:過酷な環境下での評価

今回のサザンアイランドチャレンジで使用した装備の中から、特に高温多湿環境下での使用感や工夫点、課題についてレビューいたします。

具体的な改善策:次への準備

サザンアイランドチャレンジでの経験を踏まえ、次のレース、特に高温多湿が想定されるレースに向けて、以下の具体的な改善策を実行する計画です。

  1. 暑熱順化の強化:

    • 計画的なトレーニング:レースの3〜4週間前から、意図的に気温の高い時間帯を選んでトレーニングを行います。屋外でのランニングやバイクに加え、ジムでのトレッドミルやバイクエルゴも活用し、室温設定を高めに行うことも検討します。
    • サウナや温水浴の活用:トレーニング効果に加え、身体を暑さに慣れさせる手段として、週に数回サウナや温水浴を利用します。
    • 水分・塩分摂取の意識向上:暑熱順化期間中も、トレーニング中の水分・塩分摂取量を計測・記録し、自身の発汗特性を把握します。
  2. 補給戦略の見直し:

    • 補給食の多様化と試食:様々な種類の液体状、半固形、固形補給食を試食し、高温多湿環境下でも美味しく、かつ消化しやすいものを選定します。特に、胃に優しく吸収の早いものを重点的に探します。
    • 摂取タイミングと量:レース中のナトリウム摂取量を事前に計算し、計画的な補給スケジュールを作成します。トレーニング中にこのスケジュールをシミュレーションし、身体の反応を確認します。
    • 消化器系の強化:日常的に発酵食品などを取り入れ、腸内環境を整える努力も行います。
  3. 装備の最適化:

    • シューズ・ソックスの見直し:通気性・排水性に加え、濡れた後の快適性も考慮したシューズを再選定します。防水ソックスや、予備の速乾性ソックスを複数枚携行することを必須とします。
    • ウェアシステムの検討:ベースレイヤー、行動着に加え、急な雨に備えた軽量で撥水性のあるシェルやポンチョを検討します。濡れたウェアからの体温低下を防ぐため、可能な範囲での着替えの携行も考慮します。
    • クールダウン装備:身体を効果的に冷やすためのアイテム(例: 水で濡らして使用する冷却タオルやバンダナ)の携行と、レース中の使用方法を練習します。
  4. ナビゲーションスキルの向上:

    • 密林・植生濃密エリアでの読図練習:地形図を立体的に捉える練習に加え、樹冠下の視界不良を想定したコンパス読図練習、そして地形の微細な変化(小尾根、小沢、傾斜変化)を正確に読み取る練習を重点的に行います。
    • GPSと地形図の併用練習:GPSが不安定な環境下でも、地形図とコンパスで現在地を特定し、GPSが復旧した際に位置確認を素早く行う連携練習を行います。
  5. 疲労下での判断力維持トレーニング:

    • ロングトレーニングの実施:長時間のトレーニング後半や、睡眠不足状態でのナビゲーション練習を取り入れ、疲労下での判断力低下を防ぐための意識と技術を磨きます。
    • チームでの状況共有練習:レース中の疲労度、体調、精神状態を正直にチームメンバーと共有し、連携して判断を下す練習を行います。

まとめ:環境適応の鍵

サザンアイランドチャレンジへの参加を通じて、高温多湿という特定の環境が、アドベンチャーレースのあらゆる側面にいかに大きな影響を与えるかを改めて認識いたしました。体温調節の困難さ、過剰な発汗による水分・塩分喪失、消化器系への負担増大、そしてそれに起因するパフォーマンスの低下など、課題は多岐にわたります。

しかし、これらの課題は、計画的な準備と、レース中の柔軟な対応によって克服あるいは軽減することが可能です。事前の暑熱順化、環境に合わせた補給戦略の見直し、適切な装備選択、そして特定の地形・環境に特化したナビゲーションスキルの習得は、高温多湿環境下でのレースにおいて非常に有効な対策となります。

今回の経験で得られた最も重要な学びは、自然環境への適応は、体力やスキルだけでなく、身体の生理的な反応に対する理解と、それに基づいた周到な準備が不可欠であるということです。次に同様の環境で開催されるレースに挑戦する際には、これらの学びを活かし、より効果的な戦略と準備で臨みたいと考えております。読者の皆様も、自身の目標とするレースの環境特性を深く理解し、それに合わせた準備を進めることで、より良い結果と安全なレース活動に繋がることを願っております。