スカイハイチャレンジ レースレポート:高原レースにおける高度と気温変化への適応戦略と体力マネジメント
はじめに:標高と戦うアドベンチャー
「スカイハイチャレンジ」は、平均標高が2000mを超える広大な高原地帯を舞台にしたアドベンチャーレースです。平地とは異なる気圧、気温、そして植生は、参加者に独自の挑戦を突きつけます。特に、高度が体力や判断力に与える影響は無視できません。
この記事では、私自身のスカイハイチャレンジ参加経験に基づき、高原という特殊な環境におけるレース前の準備から、レース中の具体的な判断、そして詳細な振り返りを通じて得られた学びを共有いたします。特に、高度と気温の変化にどのように適応し、体力と判断力を維持するか、そして次に向けた具体的な改善策に焦点を当てています。
レース前の準備:高原環境への戦略的アプローチ
スカイハイチャレンジへの挑戦にあたり、最も重視したのは高原環境への適応でした。事前の戦略、目標、装備選択は、この高度という変数に大きく左右されました。
戦略と目標
私たちのチームの戦略は、序盤の標高上昇区間をオーバーペースにならず、慎重に進むことでした。過去の経験から、高地での序盤の無理は、後々のパフォーマンス低下や高山病のリスクを高めることを知っていたためです。目標は、チーム全員が無事にフィニッシュすること、そして高地環境下での最適なペース配分と補給戦略を見つけることでした。具体的なタイム目標は設定せず、環境への適応とチームの状況を最優先する方針としました。
装備選択とその理由
装備選択では、気温と天候の急変に対応できるレイヤリングシステムを核としました。標高が上がると共に気温は低下し、また日差しが強い一方で風が冷たいといった特徴があるため、薄手のベースレイヤーから保温性の高いミドルレイヤー、そして防風・防水性のあるシェルレイヤーまでを組み合わせることで、体温調整を細かく行えるように準備しました。
防寒具としては、ダウンジャケットや保温性の高いグローブ、帽子を必携品としつつ、軽量で圧縮可能なものを選びました。これは、使用しない時間帯も多くなることを想定し、携行時の負担を減らすためです。シューズは、高原特有の柔らかい土壌や、岩場、川渡りにも対応できるよう、グリップ力と排水性、そして適度なクッション性を備えたトレイルランニングシューズを選択しました。
直前の調整
レースの数日前からは、可能な範囲で標高の高い場所で過ごし、体を高地環境に慣らそうと試みました。また、カフェインの摂取を控えるなど、高山病のリスクを低減するための一般的な推奨事項も実践しました。直前の補給としては、炭水化物を中心に、消化の良いものを意識的に摂取しました。
レース中の詳細:変化する環境との対話
レースは、スタート直後から緩やかながらも標高を上げていくセクションから始まりました。この序盤が、その後の展開を大きく左右すると想定していました。
ナビゲーション:広大な視界と微地形の対比
高原地帯のナビゲーションは、時に遠方の大きな目標物(山頂、稜線)が有効である一方、細かい等高線や微地形の把握が重要になる場面が多くありました。
- 序盤の上昇区間: 植生の変化を地図と照合しながら進みました。特定の樹種が現れる標高や、植生境界線の変化が現在地把握の重要な手掛かりとなりました。
- 高原域: 広大な開けた場所では、視界が利くため遠方のピークや稜線をコンパスで確認し、方向を維持しました。しかし、凹地や小さな沢、岩塊地帯では、地図上の等高線を詳細に読み取り、微地形との整合性を確認しながら進む必要がありました。一度、緩やかな斜面で等高線の読みを誤り、予定していたルートから僅かに外れてしまった場面がありましたが、早期に気付いたため大きなロスには繋がりませんでした。この経験から、広大な場所でも油断せず、定期的にコンパスと地図で正確な位置確認を行うことの重要性を再認識しました。
チーム連携:高度影響下でのコミュニケーション
高地では、酸素濃度の低下により、平地よりも体力の消耗が早く、また思考能力も低下しやすい傾向があります。そのため、チーム内でのコミュニケーションと互いの状況把握は平地レース以上に重要でした。
- ペース調整: 定期的にチームメンバーの呼吸や顔色を確認し、無理がないか声かけを行いました。誰か一人のペースが落ちてきた場合は、チーム全体で意図的にペースを落とし、隊列を維持しました。これは、誰かが遅れることで生じる心理的な負担や、チームが分断されるリスクを避けるためです。
- 意思決定: 疲労と高度の影響で、個々の判断力が鈍る可能性を考慮し、ナビゲーションやルート選択などの重要な判断は、常に複数のメンバーで確認し合うように徹底しました。意見が分かれた場合は、立ち止まって地図を囲み、落ち着いて話し合う時間を取りました。
装備・補給:気温変化への対応と消化の問題
装備面では、事前に想定していた通り、気温と風の変化に対応するためのレイヤリングが奏功しました。稜線上では風が強く体感温度が大きく下がるため、すぐにシェルを羽織り、谷筋や日当たりの良い場所ではすぐに脱ぐといった対応を頻繁に行いました。
補給については、高地では消化能力が低下しやすいという知識はありましたが、実際にレース中に固形物を摂取すると胃もたれを感じやすいことが分かりました。ジェルやドリンクでの補給は比較的スムーズでしたが、行動食として準備していたエナジーバーなどは、後半になると摂取が難しくなりました。水分摂取は意識的に行いましたが、発汗量が平地より少ないためか、過剰摂取による低ナトリウム血症のリスクも考慮し、電解質タブレットを併用しました。
体力・精神面:高度と疲労の複合影響
標高2000mを超えたあたりから、自覚的な疲労とは別に、呼吸が浅く速くなったり、頭痛の兆候が現れたりするメンバーが見られました。これは高山病の初期症状である可能性が高く、無理をせずにペースを落とし、深呼吸を促しました。
精神面では、広大な高原の景色がモチベーション維持に繋がる一方で、天候が急変した際には不安を感じやすくなりました。このような状況では、チームメンバー同士で励まし合い、冗談を言い合うなど、意識的にポジティブなコミュニケーションを保つように努めました。また、チェックポイントまでの距離を細かく区切り、「次のCPまで頑張ろう」と目標を小刻みに設定することも有効でした。
判断とその結果:ペースダウンと補給の重要性
レース中盤、予定していたペースよりやや遅れていることが分かりましたが、チーム全体の体調を考慮し、無理にペースを上げる判断はしませんでした。結果として、他のチームが終盤に失速する中で、私たちは比較的安定したペースを維持し、大きな体調不良者を出すことなくフィニッシュすることができました。これは、短期的なタイムよりも、長期的なパフォーマンスとチームの安全を優先した判断が功を奏したと言えます。
また、固形物の補給が難しくなった際には、急遽ジェルと電解質入りドリンクの摂取量を増やしました。これにより、エネルギー切れによるパフォーマンス低下を最小限に抑えることができましたが、事前に高地での消化能力低下をより考慮した補給計画を立てるべきだったと反省しています。
詳細な振り返りと分析:高原レースの難しさと収穫
スカイハイチャレンジを終え、レース全体を振り返ると、高原という特殊な環境がもたらす課題と、それに対応するための学びが多くありました。
成功要因
- 慎重な序盤: 標高上昇区間での無理のないペース配分が、その後の体調維持に大きく貢献しました。
- 多層的な装備: 気温と風の変化に柔軟に対応できるレイヤリングシステムは非常に有効でした。
- 密なチームコミュニケーション: 高度影響下でも互いの状況を把握し、助け合いながら進めたことが完走に繋がりました。
失敗要因
- 高地での補給計画の甘さ: 固形物の消化能力低下を十分に考慮しておらず、特定の種類の行動食が後半摂取困難になったことは課題です。
- ナビゲーションの精度: 広大な地形における遠方目標と微地形の読み取りのバランス、そして定期的な位置確認の徹底に改善の余地がありました。特に疲労困憊時には、細かい等高線の読み取り精度が低下する傾向が見られました。
- 高山病初期症状への対応: 初期症状が出た際の具体的な対応策(例:休息、特定の呼吸法)について、チームで共通認識を持っておく必要がありました。
読者への学び
高原や高地でのレースでは、平地とは異なる環境要因がパフォーマンスに大きく影響します。
- 高度順応の重要性: 可能であれば事前に高地に滞在するか、低酸素トレーニングを取り入れることが有効です。
- 気温変化への対応: 多層的なレイヤリングは必須であり、濡れや風による体温低下を防ぐ対策が重要です。
- 補給戦略の見直し: 高地では消化能力が低下しやすいため、液体やジェルなど吸収しやすい形態の補給食を中心に計画を立てるべきです。
- ナビゲーションの切り替え: 広大な視界を利用しつつも、微地形の読み取りと定期的な現在地確認を怠らないバランス感覚が求められます。
- チームの状態把握: メンバーの体調変化に常に注意を払い、無理をしない判断ができるチーム連携が完走への鍵となります。
具体的な改善策:次なる高地レースへのステップ
今回の経験を踏まえ、次に高地を舞台とするアドベンチャーレースに参加する際に実行すべき具体的な改善策を計画しました。
1. 高地対応補給戦略の確立
- 練習中の検証: 標高の高い場所でのトレーニング時、様々な種類の補給食(ジェル、グミ、固形物、ドリンク)を試食し、自身の体での消化吸収性を確認します。
- レース中の重点: レース本番では、ジェル、電解質入りドリンク、スープなど、消化吸収が比較的容易なものを補給の中心に据え、固形物は少量に留める計画とします。
- 摂取タイミング: 消化不良を防ぐため、一度に大量に摂取せず、こまめに少量ずつ補給を行います。
2. ナビゲーションスキルの向上(微地形読図と現在地確認)
- 等高線読図トレーニング: 複雑な等高線が入り組んだエリアの地形図を用い、机上での読図トレーニングを強化します。特に、緩やかな斜面における微細な凹凸や傾斜の変化を読み取る練習を行います。
- 現在地確認頻度の増加: トレーニング時や実際のレースで、意識的に現在地確認の頻度を増やし、地図上のどのポイントにいるかを素早く正確に特定する習慣をつけます。GPSとの併用も効果的に行います。
3. 高度耐性の向上と体調管理知識の深化
- 低酸素トレーニングの検討: 可能であれば、専門施設での低酸素トレーニングを取り入れ、高度環境への身体的な適応能力を高めることを検討します。
- 高山病に関する学習: 高山病のメカニズム、初期症状、予防策、そして発生時の具体的な対処法について、チーム全体で学び直します。
- 体調変化の共有ルール: レース中、わずかな体調の変化(頭痛、吐き気、倦怠感など)でもすぐにチームメンバーに共有するルールを再徹底し、早期の対応を可能にします。
4. 軽量化と機能性の両立
- 装備の見直し: 今回使用した装備を見直し、より軽量で機能性の高い代替品がないか調査します。特に、防寒具やシェルは、軽量性を保ちつつも保温性・防水性が高い製品を選びます。
- パックパッキングの工夫: 必要最小限の装備で最大の効果を得られるよう、パックパッキングの技術を磨きます。
これらの具体的な改善策を実行することで、次回の高地レースでは、今回の経験を活かし、より安定したパフォーマンスを発揮できると確信しています。
装備レビュー:スカイハイチャレンジで役立った、あるいは課題となったアイテム
スカイハイチャレンジという特定の環境下で、実際に使用して感じた装備のレビューです。
多層レイヤリングウェアシステム
- ベースレイヤー(メリノウール): 体温調節機能と防臭性に優れ、汗冷えを防ぐ効果を実感しました。標高変化に伴う気温変動に対応する上で非常に有効でした。
- ミドルレイヤー(フリース、化繊インシュレーション): 保温性を確保しつつ、行動中の蒸れを抑える通気性のあるものを選んだのが正解でした。止まっている時や寒い時間帯に活躍しました。
- シェルレイヤー(軽量防水透湿ジャケット): 高原の稜線での強い風や、突然の小雨に対応するために必須でした。軽量で小さく畳めるものが携行に便利でした。
軽量ダウンジャケット
- 使用感: 夜間や休憩時、行動を止めた際の急激な体温低下を防ぐのに役立ちました。ただし、行動中に着るには暑すぎ、携行する時間が長かったため、より幅広い温度域に対応できる化繊インシュレーションのウェアの方が汎用性が高かったかもしれません。
高地対応トレイルランニングシューズ
- 性能: グリップ力が高く、不安定な高原の地面をしっかりと捉えることができました。適度なクッション性もあり、長時間の行動でも足への負担を軽減してくれました。排水性も良好で、小さな沢を通過する際にすぐに乾きました。
高地用補給食(ジェル、電解質タブレット)
- ジェル: 消化吸収が早く、エネルギーを素早く補給できる点で非常に有効でした。様々なフレーバーを準備し、味に飽きないように工夫しました。
- 電解質タブレット: 水に溶かして使用。発汗量が少ない高地でも、電解質バランスを保つのに役立ちました。フレーバー付きのものを選ぶことで、単調になりがちな水分補給に変化を持たせることができました。
まとめ:高地レースの学びと次への挑戦
スカイハイチャレンジは、高原という特別な環境がもたらす様々な課題を経験する機会となりました。高度が体力、判断力、そしてチーム連携に与える影響を肌で感じ、それを乗り越えるための具体的な学びを得ることができました。
最も重要な学びは、高地レースにおいては、平地でのレース戦略に加えて、環境への深い理解とそれに基づいたきめ細やかな準備、そしてレース中の柔軟な対応が不可欠であるということです。特に、無理のないペース配分、気温変化に対応できる装備、高地での消化能力を考慮した補給、そして互いの状況を常に把握し助け合うチーム連携の重要性を改めて認識しました。
今回の経験から得た反省点と具体的な改善策は、今後のアドベンチャーレース活動、特に高地を舞台とするレースにおいて大きな財産となるでしょう。これからも、様々な環境でのレース経験を通じて学びを深め、自身のスキルアップに繋げていきたいと考えています。そして、この記事が、読者の皆様が高地レースに挑戦される際の一助となれば幸いです。