複数日アドベンチャーレースにおけるウェアリング戦略の成否:快適性・軽量化・体温管理のバランス検証
アドベンチャーレースにおいて、装備の選択と管理はパフォーマンスに直結する重要な要素です。特に複数日にわたるレースでは、変化する天候や気温、そして体調に応じて適切なウェアを選択し、適切に管理する「ウェアリング戦略」が、単なる快適性の問題を超え、体温維持、疲労軽減、さらには安全確保にも大きく影響します。
この記事では、先日参加した3日間のミドルディスタンス・アドベンチャーレース「マウンテンパスチャレンジ」における私自身のウェアリング戦略について、レース前の計画からレース中の判断、そして詳細な振り返りまでを記述します。計画通りの進行と予期せぬ状況への対応、そしてそこから得られた具体的な学びや改善点について共有することで、読者の皆様が自身の複数日レースにおけるウェアリング戦略を検討する上で役立つ情報を提供できればと考えております。
レース前の準備とウェアリング戦略
「マウンテンパスチャレンジ」は山岳地帯を舞台とする3日間のレースであり、天候の変化が激しいことが予想されていました。また、水辺のセクションや夜間の行動も含まれるため、速乾性、保温性、そして軽量性を両立させる必要がありました。
私のウェアリング戦略の基本方針は、以下の点に置きました。
- 「着る・脱ぐ・乾かす」のサイクルを効率化する: 濡れたウェアを長時間着用しない。行動中と休憩中でのウェア調整を容易にする。
- 軽量化と多様性の両立: 予備ウェアは最小限にしつつ、組み合わせ次第で様々な気温・状況に対応できるようにする。
- 濡れたウェアの管理: 濡れたウェアを他の装備に影響なく、かつ可能な限り速やかに乾燥させる方法を確保する。
具体的には、以下のウェア構成を選択しました。
- ベースレイヤー: 化繊の長袖薄手1枚、半袖1枚。体温調節の基本とし、速乾性を重視。
- ミドルレイヤー: 薄手のフリースジャケット1枚。保温性を確保しつつ、コンパクトに収納可能。
- アウターレイヤー: 軽量で防水透湿性に優れたレインジャケットとレインパンツ。防風・防雨対策。
- 下半身: ショートタイツ、トレイルランニングパンツ。
- その他: 薄手のグローブ、ウール混ソックス(2足)、防水ソックスカバー。
計画としては、日中の温暖な時間帯はベースレイヤー(半袖または長袖)とパンツ、気温が下がったり雨が降ったりすればレインウェアを重ね着するというシンプルなものでした。夜間や標高の高い場所ではフリースを追加します。ソックスは1日目の行動終了後に交換することを想定し、濡れたソックスはザックの外側など通気性の良い場所で乾かす計画でした。濡れたウェアは防水スタッフバッグに入れて管理する予定でした。
レース中の詳細な状況とウェアリング判断
1日目:晴天と予想外の雨
スタートから午前中は快晴で気温も高く、ベースレイヤーの半袖とパンツで快適に行動できました。しかし、午後に突然の雷雨に見舞われました。当初の計画通り、すぐにレインジャケットとパンツを着用しました。雨脚は強く、ウェアは外部からの水濡れは防ぎましたが、内部の湿気(汗)でベースレイヤーが濡れてしまいました。
この時点で、1日目の行動終了までまだ数時間ありましたが、濡れたベースレイヤーは体温を奪うリスクがあると考え、休憩地点で乾いた長袖ベースレイヤーに着替える判断をしました。濡れた半袖ベースレイヤーは、防水スタッフバッグに入れ、ザックのサイドポケットに収納しました。
2日目:夜間行動と泥濘
2日目は夜間からの行動開始でした。気温は低く、長袖ベースレイヤー、フリース、レインジャケットという重ね着でスタートしました。ナビゲーションミスにより予想以上に時間がかかり、夜明け前には冷え込みが増しました。ここで判断に迷いました。さらに着込むか、行動を続けることで体温を上げるか。チームと相談し、ペースを上げることで体温維持を図ることを選択しました。これは結果として、オーバーヒートを防ぐ上では正解でした。
日中になり気温が上がってくると、徐々にウェアを脱ぎ、最終的には半袖ベースレイヤーとパンツになりました。この日最も悩まされたのは泥濘地帯でした。足元が滑りやすく、転倒によるウェアの汚れや破損のリスクがありました。ここでは泥による体温低下や不快感を最小限にするため、泥濘を避けるルート選択(多少遠回りでも)を優先しました。また、休憩時には可能な限り泥を拭き取るように努めました。
3日目:最終日の疲労と判断
最終日は累積疲労がピークに達していました。朝方は冷え込みましたが、日中は再び気温が上昇する予報でした。この日のウェアリング判断で失敗がありました。朝の寒さ対策として、少し厚着でスタートしてしまい、行動開始後すぐに暑さを感じました。着替えるタイミングを逸し、無駄に汗をかいてしまい、これがその後の体温調節を難しくする要因となりました。
また、前日濡れたままスタッフバッグに入れていたウェア(乾ききらなかったもの)を、ザック内で他の装備と分離していましたが、完全に乾燥させられなかったことで、ザック全体の湿度が上がっていた可能性も否定できません。補給食や電子機器への影響は幸いありませんでしたが、課題として残りました。
詳細な振り返りと分析
成功要因
- ベースレイヤーの複数持ち: 1日目の雨天時、濡れたベースレイヤーから乾いたものに着替えた判断は正解でした。これにより体温低下を防ぎ、その後の行動への悪影響を最小限に抑えられました。速乾性の高い化繊ベースレイヤーを選んだことも有効でした。
- 泥濘地帯でのルート選択: 泥濘によるウェアの汚れや濡れ、そしてそれに伴う体温低下や不快感を避けるために、多少の時間ロスを許容して迂回ルートを選んだことは、長期的には体力を温存し、精神的な負担を軽減しました。
失敗要因
- 濡れたウェアの乾燥・管理不足: 計画では通気性の良い場所で乾かすとしていましたが、実際には時間的余裕や環境(常に移動している、雨が降り続いているなど)がなく、濡れたウェアを完全に乾かすことができませんでした。防水スタッフバッグに入れるだけでは湿度管理としては不十分であり、ザック内の他の装備に湿気が影響する可能性を残しました。
- 最終日のオーバーウェアリング: 最終日の朝、疲労と寒さから安易に厚着を選んでしまいました。行動中の体温上昇を考慮せず、脱ぐ手間を惜しんだ判断は、無駄な発汗を招き、その後のパフォーマンスに悪影響を与えました。疲労困憊時こそ、冷静な状況判断が求められると痛感しました。
- 着替えタイミング判断の遅れ: 暑さを感じてからも着替えるタイミングを逃し、不必要に汗をかいたことは反省点です。常に状況を観察し、早め早めのウェア調整を心がけるべきでした。
読者への学び
- 「乾いたウェア」は複数日レースの生命線: 濡れたウェアは体温を奪い、不快感や疲労増大に繋がります。最低でも1セットは完全に乾いたベースレイヤーやソックスを確保する計画が必要です。
- 濡れたウェアの管理は「乾燥」まで考える: ただ防水バッグに入れるだけでなく、どうすれば次に使える状態に戻せるのか、あるいはその状態を許容できるのかを考慮する必要があります。天候や環境によっては、完全に乾かすのは困難であることを想定し、対策を講じる必要があります。
- 疲労困憊時こそ冷静なウェア調整: 疲れている時ほど、面倒に感じてウェア調整を怠りがちです。しかし、適切なウェアリングは体力の温存とパフォーマンス維持に不可欠です。意識的に、早め早めの判断を心がける習慣をつけることが重要です。
- ウェアリングは「セット」で考える: 特定のウェア単体ではなく、ベース、ミドル、アウターの組み合わせで様々な状況に対応できるか、重ね着や脱ぎ着の容易さはどうかといった視点で全体を計画します。
装備レビュー
今回のレースで使用した主要なウェアとその使用感をレビューします。
- 化繊長袖・半袖ベースレイヤー: 非常によく汗を吸い、速乾性も高かったため、ベースレイヤーとしての機能は十分に果たしました。肌触りも滑らかで、長時間の着用でも大きな不快感はありませんでした。特に1日目の着替え判断において、乾いた予備があったことは大きなアドバンテージとなりました。
- 軽量フリースジャケット: コンパクトに収納でき、必要な時にすぐに取り出して保温できる点で優れていました。夜間行動時や休憩中に体温を維持する上で有効でした。
- 軽量防水透湿レインウェア(上下): 強い雨を防ぎつつ、ある程度の透湿性もあったため、激しい雨の中でもオーバーヒートは最小限に抑えられました。非常に軽量であったため、ザックに収納しても負担になりませんでした。ただし、土砂降りの状況では内側も完全にドライというわけにはいかず、ベースレイヤーの濡れは防げませんでした。
- ウール混ソックス: 濡れても保温性を比較的維持できる点で購入しました。1日目の行動終了後に交換しましたが、乾いたソックスは疲労した足に大きな安らぎをもたらしました。濡れたソックスの乾燥が課題でしたが、ソックス自体の性能は期待通りでした。
- 防水スタッフバッグ: 濡れたウェアを他の装備から分離する点では有効でしたが、バッグ内部の湿気排出機能はないため、ウェアが完全に乾くことはありませんでした。通気性のあるメッシュスタッフバッグと組み合わせる、あるいは濡れたウェアを外部に吊るすなどの工夫が必要であると痛感しました。
具体的な改善策
今回のレース経験を踏まえ、次の複数日レースに向けて以下の具体的な改善策を計画しています。
-
ウェアリング計画の再検討:
- 予備のベースレイヤーは、完全に乾燥させるための対策(例: 通気性の高いスタッフバッグ、短時間での乾燥方法の検討)とセットで考える。
- 行動中に濡れたウェアを一時的に収納する場所をザックの外側や通気性の良い部分に設ける工夫をする。
- 疲労困憊時の判断力低下を考慮し、ウェア調整のタイミングや組み合わせをよりシンプルに、迷わないように事前にリスト化しておく。
-
装備の見直し:
- 濡れたウェアを乾燥させるための軽量な方法(例: 吸水性の高いタオルやシート、通気性の良いスタッフバッグなど)を検討し、装備に加える。
- ソックスの乾燥方法について、行動中や休憩中に効率的に乾かす方法を研究する。
- 体温調節がより容易なウェア(例: ジッパーが多く開閉できるミドルレイヤーなど)の導入を検討する。
-
練習方法:
- 雨天時や濡れた状態での行動に慣れるための練習を取り入れる。これにより、濡れたウェアへの不快感を軽減し、冷静な判断ができるようになることを目指します。
- ザックへのウェアパッキングについて、濡れたウェアと乾いたウェアを効率的かつ衛生的に分離しつつ、取り出しやすさも考慮した方法を練習する。
まとめ
複数日アドベンチャーレースにおけるウェアリング戦略は、事前の周到な計画と、レース中の状況に応じた柔軟かつ迅速な判断が求められます。特に、濡れたウェアの適切な管理と、疲労下での冷静なウェア調整は、パフォーマンス維持と安全確保のために極めて重要であることを改めて認識しました。
今回のレースで得た学びと反省を活かし、次回のレースではより洗練されたウェアリング戦略を実行できるよう、具体的な改善策を進めてまいります。この記事が、読者の皆様自身のレース準備や振り返りの一助となれば幸いです。