マウンテンストームトレイル レースレポート:悪天候下の体温維持戦略と装備選択の失敗
アドベンチャーレース「マウンテンストームトレイル」に参加した際のレポートです。このレースは、変化に富む山岳地帯と河川を含むコース設定であり、今回は特に悪天候下での経験から得られた学びを共有することに焦点を当てています。自身の体温維持戦略と装備選択における失敗、そしてそこから導き出される具体的な改善策を中心に詳細を記述します。
レース前の準備:悪天候への備えと甘さ
マウンテンストームトレイルは、事前の天気予報でレース期間中の強い雨と気温低下が予測されていました。これを受けて、装備には防水シェル上下、薄手のフリース、予備のドライソックスなどを準備しました。行動食は通常のジェルやバーに加え、お湯で溶かすタイプのスープも少量携行することにしました。
戦略としては、序盤はペースを抑え、体力を温存しつつ、悪天候に突入する中盤以降に備えるというものでした。体温維持に関しては、濡れることを前提としつつ、休憩時に着替えや保温を徹底することで対応できると考えていました。しかし、今振り返ると、この「濡れることを前提とする」という考え方と、準備した装備の性能に対する認識に甘さがあったと言えます。特に、寒冷かつ湿潤な環境下での体温維持の難しさ、そして体温低下がパフォーマンスや判断力に及ぼす影響について、十分に理解できていなかった点が最大の課題でした。
レース中の詳細:雨、寒さ、そして判断の迷い
レースは曇天のもとスタートしました。序盤のトレッキングセクションは比較的順調に進み、ナビゲーションも正確に行えていました。しかし、予報通りレース開始から数時間で雨が降り始め、徐々にその勢いを増していきました。気温も予想以上に早く低下し始めました。
ナビゲーション
雨と霧により視界が悪化し、遠方のランドマークを確認するのが困難になりました。地図は防水加工を施していましたが、頻繁に出し入れするうちに水分を含み始め、劣化が進みました。コンパスとGPSの併用で正確性は保てましたが、視界不良によるコースの見通しの悪さが、ルート選択の判断に迷いを生じさせました。特に、尾根伝いのルートと沢沿いのルートで迷った際に、視界の利く尾根を選びましたが、結果的にこれが強風と低温に晒される時間を長引かせることになりました。
チーム連携
雨と寒さが増すにつれて、チームメイト全員のパフォーマンスが低下しているのを感じました。特に手足の冷えは深刻で、グローブをしていても指先の感覚が鈍くなり、地図や装備の操作に支障が出ました。コミュニケーションも、寒さによる震えや疲労のため、スムーズに行えなくなりました。励まし合い、互いの体調を気遣う声かけは続けましたが、具体的な打開策(例: 休憩して温かい飲み物を取る、装備を調整する)の提案が遅れがちになりました。
装備・補給
準備した防水シェルは、数時間の雨で内部が湿り始めました。生地の透湿性が不十分だったのか、体から出る汗と外からの雨が混ざり、ウェア内が蒸れて冷える状態となりました。また、薄手のフリースだけでは保温が足りず、体幹部の冷えを感じ始めました。最も問題だったのは手足の保温です。携行したグローブは防水性が低く、すぐに濡れてしまい、全く機能しませんでした。予備のドライソックスに履き替えても、シューズ内が既に濡れているため効果は限定的でした。
補給に関しても課題がありました。携行したジェルやバーは冷たく、摂取する気力が湧きませんでした。少量携行したスープは体温維持に一時的に役立ちましたが、十分な量ではありませんでした。エネルギーと水分が十分に摂取できないことが、体温低下に拍車をかけた可能性が高いです。
体力・精神面
体温の低下は、体力と精神の両面に深刻な影響を与えました。震えが止まらず、思考力が低下し、簡単な判断にも時間がかかるようになりました。モチベーションは急速に低下し、レースを続けること自体が困難に感じられました。チームメイトも同様の状態であり、リタイアという選択肢が現実味を帯びてきました。このような極限状態では、事前の計画通りに行動することが難しくなり、冷静な判断が極めて重要になりますが、その冷静さを保つことが困難でした。
判断とその結果
最も反省すべき判断は、体温低下を感じ始めた初期段階で、十分な対策を取らなかったことです。休憩して積極的に体を温める、濡れたウェアを交換する(交換できる装備があれば)、あるいは一時的にレースを中断して shelter in place するなど、より安全を優先する判断ができたはずです。しかし、「まだ進める」「ここで止まると遅れる」という思いから、状況の悪化を許してしまいました。この判断の遅れが、その後のパフォーマンス低下と苦痛を長引かせた主な原因であると考えられます。
詳細な振り返りと分析
このレース経験から、悪天候下のアドベンチャーレースにおける課題が明確になりました。
成功要因
- チームメイトとの基本的な信頼関係があったため、困難な状況でもお互いを完全に放棄することなく、最低限の連携を保てたこと。
- 事前にリスクを想定し、防水ウェアや保温着、非常食など、最低限の悪天候対策装備を準備していたこと(ただしその性能と量には課題があった)。
失敗要因
- 体温維持戦略の甘さ: 悪天候下での体温低下がパフォーマンスと判断力に及ぼす影響の大きさを過小評価していました。特に濡れた状態での行動が体力を急速に消耗することを理解していませんでした。
- 装備選択の誤り: 携行した防水ウェアの透湿性不足、保温着の量と質の不足、そして手足の保温装備の不備が決定的な失敗でした。カタログスペックだけでなく、実際の過酷な環境下での性能を考慮した装備選択ができていませんでした。
- 悪天候時の補給戦略: 冷たいジェルやバーでは、寒さで体が求めていないだけでなく、体温を奪う要因にもなります。温かい飲み物や補給食の準備が不十分でした。
- 判断の遅れ: 状況が悪化する初期段階で、安全確保を最優先する判断ができませんでした。低体温になり始めてからの判断は、既に冷静さを欠いており、適切な対応が難しくなります。
読者への学び
悪天候下のアドベンチャーレースでは、体温維持がナビゲーション、チーム連携、体力、精神といったあらゆる側面に影響を与えます。防水・透湿性の高いシェル、濡れても保温性を保つ化繊の保温着、そして手足の保温は、何よりも優先して備えるべき装備です。また、悪天候が予測される場合は、レースを完走すること以上に、安全に、そして冷静な判断力を維持できる体調を保つことを最優先する計画と判断基準を持つことが重要です。温かい補給は、物理的な栄養補給だけでなく、精神的な支えにもなります。
具体的な改善策:次へのステップ
この失敗を次に活かすために、以下の具体的な改善策を実行します。
-
装備の見直しと投資:
- ゴアテックスなど、より高い防水・透湿性を持つシェル上下への買い替えを検討します。
- 濡れても保温性を維持できる高品質な化繊インサレーション(行動中用、休憩時用)を準備します。
- 防水・保温性の高いグローブ、帽子、バラクラバ、保温ソックス、そして非常用保温シート(エマージェンシーブランケットよりも丈夫なもの)を必ず携行リストに加えます。
- 防水スタッフバッグを活用し、着替えや保温着を確実にドライな状態で携行できるようにします。
-
体温維持と悪天候に関する知識の習得:
- 低体温症のリスク、兆候、予防策、応急処置に関する知識を深めます。
- 悪天候下でのウェアリングシステム(レイヤリング)について学習し、様々なコンディションに対応できる組み合わせを習得します。
-
トレーニングへの反映:
- 安全な範囲で、雨や低温といった悪天候下でのトレーニングを取り入れ、装備のテストと自身の体調変化への適応力を高めます。
- 低体温を想定した状況でのナビゲーション練習や判断シミュレーションを行います。
-
レース戦略と判断基準の明確化:
- 悪天候が予測されるレースでは、完走目標だけでなく、「安全にリタイアする基準」「進行を一時停止する基準」「装備や体調不良時の対応プロトコル」などを事前にチーム内で共有し、明確にしておきます。
- 温かい飲み物(魔法瓶など)や、お湯で溶かせるタイプの行動食(フリーズドライなど)を補給計画に組み込みます。
装備レビュー:過酷な環境下でのリアル
今回のレースで使用した装備の中から、特に印象に残ったものをレビューします。
- 軽量防水シェルジャケット(A社製): 軽量性は魅力でしたが、数時間の強い雨には耐えきれず、縫い目や生地から浸水が発生しました。透湿性も不足しており、内部が蒸れました。悪天候が予測されるレースでは、より堅牢で透湿性の高い製品を選ぶべきであることを痛感しました。
- 薄手フリース(B社製): 中間着として使用しましたが、濡れた状態ではほとんど保温性を発揮しませんでした。悪天候下では、濡れても保温力を維持する化繊インサレーションの重要性を認識しました。
- 防水グローブ(C社製): 「防水」と謳われていましたが、実際には全く防水性がなく、すぐにびしょ濡れになりました。これが手先の冷えを加速させ、地図操作や補給作業に支障をきたしました。過酷な環境用のグローブは、信頼できる専門メーカーの製品を選択すべきです。
- 防水スタッフバッグ: これは非常に役立ちました。着替えや予備の保温着、寝袋などを濡らさずに携行できたため、万が一の際にドライな状態を保てたことは精神的な安心にも繋がりました。複数のサイズを準備することをお勧めします。
これらの経験から、アドベンチャーレースにおける装備選択は、軽さや動きやすさだけでなく、想定される最悪のシナリオに対する信頼性と機能性を重視する必要があることを学びました。特に悪天候下では、装備のわずかな性能差が体調やパフォーマンスに致命的な影響を及ぼす可能性があります。
まとめ:失敗から得た最大の教訓
マウンテンストームトレイルでの悪天候下の苦い経験は、アドベンチャーレースにおける体温維持の重要性と、装備選択、そして困難な状況での判断のあり方について、多くの教訓を与えてくれました。準備段階でのリスク評価の甘さ、状況悪化への対応の遅れは、今後のレース活動において決して繰り返してはならない失敗です。
この経験を通じて得た最大の学びは、「悪天候への備えは、常に『これくらいで大丈夫』ではなく、『最悪を想定する』こと」の重要性です。また、体温維持は単なる快適さの問題ではなく、安全なレース遂行と適切な判断を行うための基盤であるという認識を新たにしました。
今回の失敗を真摯に受け止め、具体的な改善策を実行に移すことで、より安全で、より質の高いレースに繋げていきたいと考えています。このレポートが、読者の皆様が悪天候下でのレースに臨む際の参考となり、同様の失敗を避ける一助となれば幸いです。