ロングレースにおけるセクション間の「切り替え」戦略:ペース配分と体力・精神面への影響を検証
アドベンチャーレースは、トレッキング、バイク、パドルなど、多様なアクティビティを連続して行う競技です。各セクションでのパフォーマンスはもちろん重要ですが、異なるアクティビティ間の「切り替え」、すなわちトランジションの質が、レース全体の流れと最終的な結果に大きく影響することを、多くの経験者が実感していることでしょう。特にロングレースでは、疲労が蓄積した状態での切り替えが、体力的、精神的に大きな負荷となり得ます。
この記事では、先日の〇〇ロングアドベンチャー(架空のレース名、距離:約200km、制限時間:48時間、セクション:トレッキング、バイク、パドルを含む)への参加経験に基づき、セクション間の切り替えに焦点を当てた詳細な振り返りを共有します。レース中の具体的な判断、ペース配分の試み、そして切り替えが体力・精神面にどのような影響を与えたかを検証し、次への具体的な改善策を探ります。
レース前の準備:切り替えを見据えた全体戦略
今回のレースにおける私の戦略は、各セクション単体での最大限の速度追求ではなく、いかに全体の流れをスムーズに保ち、疲労を分散させながらセクション間を効率的に移行するかに重点を置きました。特に、バイクからトレッキング、そしてトレッキングからパドルへの切り替えは、使用する筋肉や体の動かし方が大きく変わるため、意識的な準備が必要だと考えました。
具体的な準備としては、以下の点を計画しました。
- 全体ペース配分: 各セクションの距離と想定される地形から、目標タイム達成に必要な平均速度を設定し、それを元に各セクションの通過目標時間を算出しました。ただし、これはあくまで目安とし、実際の天候やチームの状況に応じて柔軟に変更する前提でした。
- トランジション計画: 各トランジションエリア(TA)での行動を具体的にシミュレーションしました。装備交換(シューズ、ウェア、バックパックの内容)、補給、簡単なストレッチや体のケア、そして次のセクションに向けた地図確認や戦略共有の時間を確保する計画でした。特に、疲労困憊時でも手順通りに行動できるよう、チェックリストを頭の中で作成しました。
- 補給戦略: 各セクションの開始時と、トランジションでの補給計画を立てました。特定のトランジションでは、固形食をしっかりと摂取し、次のセクションへのエネルギーを蓄えることを意識しました。
レース中の詳細:切り替えと判断の実際
スタート~バイクセクション(約80km)
レースはトレッキングセクションで始まり、その後バイクセクションへと移行しました。トレッキングでの適度な負荷の後、バイクへの切り替えは比較的スムーズでした。事前の計画通り、バイクセクション前半は抑えめのペースで入り、後半にかけて少しずつペースを上げるように努めました。これは、バイクでの過度な疲労が次のトレッキングセクションでのパフォーマンス低下を招くことを懸念したためです。
バイクでの判断としては、ナビゲーションに時間をかけすぎず、確信が持てない交差点では一度止まって確実に方向を確認することを徹底しました。これにより、大きなロストは回避できましたが、その都度ペースが落ちる結果となりました。チーム内のコミュニケーションは良好で、互いの体調を確認しながら進行しました。
バイク~トレッキングへの切り替え(TA1)
最初の大きな切り替えです。バイクセクションを終え、TA1に到着しました。計画では15分で完了する予定でしたが、実際には20分近くかかりました。原因としては、
- 装備交換の遅れ: バイクシューズからトレッキングシューズへの交換、バイクパックからトレッキングパックへの詰め替えに手間取りました。特に、パック内の整理が不十分だったため、必要な装備を見つけ出すのに時間がかかりました。
- 体の硬直: バイクに乗っていたことで股関節やハムストリングスが硬くなっており、ストレッチに時間を要しました。
- 精神的な気の緩み: バイクを終えたという達成感から、次のトレッキングへの意識の切り替えが遅れた側面がありました。
この時間ロス自体は些細なものかもしれませんが、次のトレッキングセクション開始直後のペースに影響が出ました。バイクでの動きからトレッキングでの動きに体がうまく適応せず、最初の1時間ほどは計画より遅いペースでの歩行となりました。
トレッキングセクション(約50km)
トレッキングセクションは、テクニカルな山岳地形とロードが混在していました。バイクからの切り替え直後はペースが上がらなかったものの、徐々に体が慣れてきて計画に近いペースに戻すことができました。
ここでの主要な判断は、ルート選択とナビゲーションです。地形図とコンパスを主に利用し、GPSは確認や非常時のみの使用としました。尾根線上の進路判断や、沢の渡渉ポイントの選択など、複数の選択肢がある場面では、チームで地図を検討し、最も安全かつ効率的なルートを選択しました。一度、並行する二つの尾根で迷いかけましたが、地形とコンパスの徹底的な照合により、幸いにも早期に修正できました。これは、ナビゲーションに関する事前の練習が功を奏した点だと考えます。
体力面では、連続するアップダウンにより疲労が蓄積しましたが、チーム内で声をかけ合い、補給をこまめに行うことで、大きなペースダウンは避けられました。
トレッキング~パドルへの切り替え(TA2)
二度目の大きな切り替えです。深夜、疲労がピークに達している中でのTA2到着となりました。ここでは、予想以上に切り替えに時間がかかりました。
- 極度の疲労: 長時間のトレッキングにより、体力・精神力ともに限界に近かったため、単純な動作でも判断が遅れ、手際が悪くなりました。
- 装備の混乱: 夜間、そして疲労により、ウェットスーツへの着替えやライフジャケット、パドル関連装備の準備に手間取りました。必要なものがすぐに取り出せず、探し物に時間を費やしました。
- 精神的な抵抗: 寒さや眠気もあり、陸上での活動から水上での活動への切り替えに対する精神的な抵抗感がありました。
このTAでの滞在時間は、計画を大幅に超える約40分となりました。この時間ロスは大きく、後続チームに追いつかれる原因となりました。
パドルセクション(約30km)
パドルセクションは、静水でのカヌーでした。切り替えに時間を要した影響で、スタート時点での気持ちの切り替えがうまくいかず、漕ぎ出しは重く感じました。しかし、一定のリズムで漕ぎ続けるうちに、徐々に集中力が高まり、体がパドルの動きに慣れてきました。
パドル中の判断としては、進行方向の確認をこまめに行い、風や流れの影響を最小限に抑える航路を選択しました。疲労によりパドル効率が低下することを懸念し、休憩は短時間かつ定期的に取るようにしました。チームメイトとの声掛けも重要で、互いのペースを確認し、遅れているメンバーがいれば少しペースを落とすなど、チーム全体での進行を優先しました。
パドル~フィニッシュへ
パドルセクションを終え、最後の短いトレッキングでフィニッシュとなりました。パドルで固まった体を再び歩行へと切り替えるのは容易ではありませんでしたが、フィニッシュが近いという精神的な後押しもあり、比較的スムーズに移行できました。
詳細な振り返りと分析:切り替えの重要性と課題
レース全体を振り返ると、特にTAでのセクション間切り替えが、私たちのパフォーマンスに大きな影響を与えたことが明確になりました。
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成功要因:
- 事前のトランジション計画は、疲労困憊時でも「何をすべきか」の指針となり、完全に手順通りに進まなくても、行動の混乱をある程度抑制する助けとなりました。
- トレッキングセクションでのナビゲーション精度は、事前の練習の成果が出て、大きなロストを回避できました。
- チーム内のコミュニケーションは、困難な状況でも互いをサポートし、精神的な支えとなりました。
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失敗要因:
- トランジションにおける時間ロス: 特にTA2での時間ロスは、疲労と夜間という悪条件が重なり、計画を大幅に超えました。これは、単なる装備交換や補給の時間ではなく、「次のアクティビティへの体と心の準備」としての切り替えが不十分であったことを示しています。
- セクション開始直後のパフォーマンス低下: バイクからトレッキング、トレッキングからパドルへの切り替え直後に、体が新しい動きに適応するのに時間がかかり、計画通りのペースで進めませんでした。これは、それぞれのセクションで使う筋肉や体の動かし方が異なることに対する、体と神経系の準備不足が原因と考えられます。
- 疲労下での判断力低下: TA2での装備交換の手際の悪さや、パドル開始直後の集中力の低下は、極度の疲労が判断力や実行力に影響を与えた典型的な例です。
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読者への学び:
- アドベンチャーレースにおけるトランジションは、単なる通過点ではなく、パフォーマンスを左右する重要な「セクション」として捉えるべきです。
- 特にロングレースや複数日レースでは、疲労下でのセクション切り替えが大きな課題となります。体だけでなく、精神的な切り替えの準備も必要です。
- 異なるアクティビティを連続して行う練習は、セクション開始直後の体の適応をスムーズにするために有効です。
- トランジションエリアでの行動は、事前に具体的な手順をシミュレーションし、シンプルかつ効率的に行う工夫が必要です。
装備レビュー:切り替えに影響したアイテム
今回のレースで使用した装備の中から、セクション間の切り替えとの関連で特筆すべき点をいくつか挙げます。
- トレッキングシューズ: バイクシューズからの履き替えは必須ですが、トレッキング後の疲労した足でスムーズに履けるか、またフィット感が適切であるかが重要です。今回使用したシューズは、フィット感は良好でしたが、泥や砂が入ると履き替えに少し手間取りました。
- バックパック: バイク用とトレッキング用で使い分けましたが、それぞれのパックへの荷物の詰め替えが発生します。トランジションでの時間短縮のためには、各セクションで必要なものをすぐに取り出せるよう、事前にパッキングを最適化しておくことが重要です。また、パック自体の着脱の容易さも、疲労下では大きな差となります。
- ウェアリング: セクションごとに適切なウェアリングへの変更が必要です。特に夜間やパドルセクションでは、体温維持のための適切なウェア選びとその着脱の容易さが、切り替えの効率に直結します。今回は、濡れたウェアからの着替えに少し時間がかかり、体が冷える原因となりました。
具体的な改善策:次へのステップ
今回のレース経験、特にセクション間の切り替えにおける課題を踏まえ、次回のレースに向けて以下の具体的な改善策を実行する計画です。
- トランジション練習の強化:
- レース本番を想定し、自宅で実際の装備を使ってトランジションのシミュレーションを行います。パックの詰め替え、シューズ交換、ウェアリング変更などをスムーズに行えるように練習します。
- 特に、疲労した状態や夜間での作業を想定し、ライトを使った練習も取り入れます。
- 複合トレーニングの実践:
- 週末のトレーニングで、バイクの後にトレッキング、またはパドルの後にランニングなど、異なるアクティビティを連続して行う練習を取り入れます。これにより、セクション開始直後の体の違和感を軽減し、スムーズに新しい動きに適応できるようにします。
- トレーニングの終盤、疲労した状態でトランジションを模した行動(シューズ交換、パックの再装備など)を行う練習も有効と考えます。
- ペース配分計画の見直しと柔軟性:
- 各セクションの計画タイムはあくまで目安とし、特にレース前半は計画より少し抑えめのペースで入り、セクション間の切り替えで十分な時間を取り、次のセクションへの準備を丁寧に行うことを意識します。
- レース中の体の状態やチームの状況に応じて、計画を柔軟に変更する判断力を養います。
- 装備とパッキングの最適化:
- トランジションでの手間を最小限に抑えるため、ドロップバッグの中身をより効率的に配置することを検討します。
- 各セクションで必ず必要となるものは、パックのアクセスしやすい場所に収納する工夫を徹底します。
- ウェアリングについても、複数枚を重ね着するのではなく、一枚で幅広い温度に対応できるウェアを選ぶなど、着脱の回数を減らす工夫を検討します。
まとめ
ロングアドベンチャーレースにおけるセクション間の「切り替え」は、単なる休息や装備交換の時間を超えた、レースパフォーマンスの鍵を握る要素です。今回のレースでは、疲労下での切り替えの難しさを改めて痛感しました。しかし、この経験から得られた具体的な学びは、次回のレースに向けた明確な改善点を示してくれています。
単なる体力やスキルだけでなく、異なるアクティビティへの適応力、そして疲労やストレスの中でも計画を実行し、状況に応じて柔軟に判断を下す精神力が、ロングレースを成功させるためには不可欠であると強く感じています。この記事が、読者の皆様が自身のレースにおけるセクション間の切り替えやペース配分について考えるきっかけとなり、次への具体的なステップを計画する一助となれば幸いです。