ロングレースにおける休憩・仮眠戦略とその判断への影響:自身の経験と分析
アドベンチャーレース、特に複数日に及ぶロングレースでは、体力、スキル、チームワークに加え、疲労や眠気といった生理的な課題との向き合い方が非常に重要となります。適切な休憩や仮眠は、パフォーマンスの維持だけでなく、安全なレース遂行、そして何より正確な判断力を保つ上で不可欠です。この記事では、私自身が経験したロングレースを例に、休憩・仮眠に関する戦略、レース中の具体的な判断、そしてそこから得られた学びや改善策について詳細に記述いたします。
レース前の準備:計画した休憩・仮眠戦略
参加したレースは、3日間、総距離約400kmの山岳・森林地帯を主体とするアドベンチャーレースでした。この種のロングレースでは、睡眠時間を全く取らない「ノンストップ」戦略や、計画的に短時間の仮眠を複数回取る戦略など、様々なアプローチがあります。私のチームでは、過去の経験やチームメンバーの特性を踏まえ、以下の戦略を計画しました。
- 戦略の基本方針: 完全なノンストップは避け、疲労のピークが予想される夜間に、短時間の仮眠を1〜2回挟む。合計睡眠時間は2日間で3時間以内を目安とする。
- 休憩の考え方: 短時間(15分〜30分程度)の休憩は、セクション間のトランジションや、特定のチェックポイント通過後など、身体的・精神的な切り替えのタイミングで積極的に取る。この休憩は主に補給、装備調整、ナビゲーション計画の確認に充てる。
- 仮眠のタイミングと場所: 仮眠は、チーム全員の疲労度が高く、判断力が低下し始めていると感じられる夜間に設定する。理想的には、次のセクション開始地点や、風雨を避けられる地形的な特徴がある場所を候補とする。具体的な時間帯は固定せず、レース展開を見ながら柔軟に判断することとした。
- 装備の準備: 仮眠時の体温低下を防ぐため、軽量のシュラフカバー、薄手のインサレーションジャケット、ネックゲイター、そして地面からの冷気を遮断する超軽量マット(共用)を用意しました。また、明るい場所や夜明け前でも仮眠しやすいようにアイマスクと耳栓も準備しました。これらの装備は、重さと効果のバランスを考慮して選択しました。
レース中の詳細:具体的な判断とその結果
レースが始まり、計画していた戦略は、現実の状況に応じて刻々と変化していきました。
レース初日夜:最初の仮眠判断
初日後半、バイクセクションからトレッキングセクションへのトランジション地点に到着した頃、既に夜間に入っており、チーム全体の疲労感が募り始めていました。計画ではこの後もしばらく進行し、山中で仮眠を取る可能性も考慮していましたが、トランジションエリアは比較的風が弱く、次のトレッキングセクションのスタート地点でもあるため、ここで仮眠を取るのが効率的ではないかという議論になりました。
- 判断: 当初の計画より少し早いタイミングではありましたが、トランジションの利便性と、メンバーの疲労度を考慮し、ここで約1時間の仮眠を取ることを決定しました。
- 結果: 短いながらも横になって目を閉じる時間を持てたことで、その後のトレッキングセクション開始時の集中力はある程度回復しました。しかし、1時間の仮眠は、後述する「短時間仮眠」で期待される覚醒効果というよりは、単に身体を休めたという感覚に近く、深い眠りには至らなかったためか、数時間後には再び強い眠気を感じ始めました。計画より早い仮眠が、その後の眠気を前倒ししてしまった側面もありました。
レース二日目夜:疲労困憊下のナビゲーションと判断
二日目の夜間、私たちは標高の高い山岳地帯のトレッキングセクションを進んでいました。強い風が吹き付け、気温もかなり低下していました。体力的な疲労に加え、睡眠不足による判断力の低下を感じる時間帯でした。特にナビゲーションにおいて、地形図と実際の地形との照合精度が落ちていることを自覚していました。
- 状況: 複雑な尾根筋を進むルートであり、視界も限られていました。強い眠気と寒さで、立ち止まって地形を詳細に確認する集中力が続かない状況でした。チーム内で「少し休もう」「いや、動いている方が温かいし、ここで立ち止まると凍えてしまう」といった意見の相違も生まれました。
- 判断: チームリーダーが、このままではナビゲーションミスを犯すリスクが高いと判断。強風を避けられる大きな岩陰を見つけ、そこで15分間の戦略的な休憩(立ったまま、あるいは座った状態で、インサレーションを重ね着し、温かい飲み物を摂る)を取ることを提案しました。仮眠ではなく、あくまで短時間で集中力を回復させるための「アクティブレスト」としての休憩です。
- 結果: この15分間の休憩は非常に効果的でした。身体は完全に温まらなかったものの、立ち止まって補給と水分を摂り、メンバー同士で顔を見合わせながら次の進路を再確認することで、精神的なリフレッシュが図れました。休憩後、改めて地形図を詳細に読み込み、慎重に進むことで、ミスなくチェックポイントに到達することができました。凍えるリスクを負ってでも立ち止まる判断が、結果的に大きなロストを防いだと言えます。
装備と補給に関する判断
レース全体を通じて、休憩・仮眠装備の選択は概ね成功でした。軽量なシュラフカバーは、短い仮眠でも体温を保持するのに役立ちました。しかし、補給に関しては反省点がありました。疲労がピークに達した時間帯には、固形食を受け付けにくくなることを予測していましたが、準備したジェルやドリンクだけではカロリーが不足し、ハンガーノック寸前のような状態に陥った時間がありました。これもまた、判断力低下の一因となった可能性があります。
詳細な振り返りと分析
レース全体を振り返ると、休憩・仮眠戦略に関しては、計画通りに進んだ部分と、レース中の状況に応じて変更を余儀なくされた部分がありました。
- 成功要因:
- チームメンバーの正直な疲労度共有が、休憩判断の重要な情報源となりました。
- 計画的な短時間休憩(アクティブレスト)は、疲労回復だけでなく、チームのコミュニケーション再活性化に有効でした。
- 仮眠装備は、限られた時間・場所での休息の質を高める上で効果を発揮しました。
-
失敗要因:
- 最初の仮眠は、タイミングが早すぎたことと、時間が中途半端だった(1時間)ことで、その後の眠気を完全に払拭できませんでした。短時間仮眠(パワーナップ)の効果を十分に引き出せなかった可能性があります。
- 疲労困憊時の補給計画が不十分でした。摂取しやすい形態のカロリー源を、さらに多様に準備する必要がありました。補給不足が、眠気や判断力低下を助長したと考えられます。
- チーム内での休憩・仮眠に関する「理想」と「現実の疲労度」の擦り合わせが、もう少し密に必要でした。疲労の感じ方には個人差があるため、誰か一人が「行ける」と感じていても、他のメンバーが限界に近い場合、全体としてのパフォーマンスと安全性が損なわれます。
-
読者への学び:
- ロングレースにおける休憩・仮眠は、単なる「休み」ではなく、戦略的な「パフォーマンス回復・維持」の一環として位置づけるべきです。
- 短時間仮眠(20分程度)は、長時間睡眠の代替とはなりませんが、覚醒度を一時的に高める効果が期待できます。ただし、深い眠りに入る前に起きる工夫(アラーム設定など)が必要です。
- 仮眠を取る場所の選択は非常に重要です。風雨を避けられ、地面の冷気を遮断できる場所を探すこと、それが難しい場合は装備で補うことが必要です。
- チーム内で互いの疲労度や眠気を正直に伝え合う文化を醸成することが、最適な休憩判断に繋がります。誰かが限界を感じるサインを見逃さないように注意深く観察し合うことも重要です。
- 疲労困憊時は、身体的な補給だけでなく、精神的なリフレッシュ(会話、軽いストレッチ、温かい飲み物など)も効果的です。
装備レビュー
- 軽量シュラフカバー: 山岳地帯での短時間仮眠において、軽量ながら十分な防風・保温性を提供してくれました。結露も少なく、撤収も容易で、携行性の高さはロングレースの装備として非常に優れていると感じました。
- 超軽量マット: 地面からの冷気を遮断する効果は期待通りでした。畳むと非常にコンパクトになるため、チームで1つを共用するスタイルは有効でした。
- インサレーションジャケット: 行動中には暑すぎますが、休憩中や仮眠時に重ね着することで体温低下を防ぐのに役立ちました。携行する価値は十分にある装備です。
具体的な改善策
今回の経験を踏まえ、次のロングレースに向けて以下の具体的な改善策を実行する予定です。
- 仮眠計画の柔軟性向上と時間設定の再検討: 仮眠時間は、1回あたり20分〜30分の短時間仮眠(パワーナップ)を複数回挟む戦略を中心に検討します。深い眠りに入りすぎないよう、チーム内で交代でアラームを設定するなど、具体的な運用方法を事前にシミュレーションします。また、休憩・仮眠のタイミングは、セクションやチェックポイントだけでなく、チームメンバーの生理的なサイン(あくび、注意力の低下、会話の減少など)を最優先する判断基準を明確にします。
- 疲労困憊時・夜間対応の補給計画見直し: 固形食が摂取しにくい状況を想定し、消化吸収が早く、携行性に優れたジェル、ドリンク、ゼリーなどの液体・半固形補給食の種類と量を増やします。特に、カフェイン入りの補給食を、眠気が強い時間帯に戦略的に投入することを検討します。
- チーム内のコミュニケーション強化: 休憩・仮眠に関するシグナル(「少し休憩したい」「眠い」「判断に自信がない」など)を明確に決め、遠慮なく伝え合えるように練習します。また、疲労下での建設的な意思決定プロセス(例えば、全員がOKを出すまでは次に進まないなど)を確立します。
- 短時間仮眠の練習: 日常生活の中で、意図的に20分程度の短時間仮眠を取り、その効果や目覚め方を確認する練習を行います。これにより、レース本番での短時間仮眠の質を高めることを目指します。
まとめ
ロングアドベンチャーレースにおける休憩・仮眠戦略は、単に「休む」だけでなく、レース全体のパフォーマンス、特に疲労困憊下での判断力を左右する極めて重要な要素です。今回のレース経験を通じて、事前の計画はもちろん大切ですが、それ以上に、レース中のチームメンバーの状態を正確に把握し、変化する状況に合わせて柔軟かつ迅速に判断を下すことの重要性を痛感しました。特に、適切なタイミングでの戦略的な短時間休憩や、チームで共有する休憩・仮眠判断の基準は、今後のレースでさらに磨きをかけるべき課題です。これらの学びを次に活かし、より安全かつ効果的なレースを展開していくためのステップとしたいと思います。