レイクカントリーチャレンジ レースレポート:長時間パドルセクションにおける体幹疲労とパドル効率の維持戦略
アドベンチャーレースの魅力の一つに、多様なアクティビティを組み合わせた複合的な挑戦があります。中でもパドルセクションは、全身運動でありながら独特の体幹持久力と技術が求められるパートです。今回は、広大な湖と複数の河川を結ぶ長時間パドルセクションがレースの鍵となった「レイクカントリーチャレンジ」への参加経験を詳細にレポートし、特にパドルパートにおける体幹疲労への対策と、そこから得られた学び、そして今後の改善策について深く掘り下げます。
この記事では、単なるレースの経過報告に留まらず、パドルセクションでの具体的な判断、体幹疲労が全身に及ぼす影響、そしてそれに対する私たちのチームの戦略と結果を詳細に分析します。アドベンチャーレースにおけるパドル能力向上や、長時間の同じ動作が続くパートでのパフォーマンス維持に課題を感じている読者の皆様にとって、具体的なヒントとなる情報を提供できれば幸いです。
レース前の準備:戦略と目標
「レイクカントリーチャレンジ」は、総距離約150km、制限時間36時間という形式のアドベンチャーレースです。特徴的なのは、総距離の約40kmを占める長時間パドルセクションです。このパドルセクションは、湖沼だけでなく、狭く曲がりくねった河川も含まれており、単に漕ぎ続ける体力だけでなく、正確なナビゲーションとボートコントロール能力も試されます。
私たちのチームの戦略は、この長時間のパドルセクションを如何に効率良く、かつ体力を温存して通過するかに重点を置きました。特に、パドル動作における体幹の疲労が、その後のトレッキングやバイクパートに与える影響が大きいと考え、以下の点を準備段階から意識しました。
- 体幹持久力の強化: パドルストロークは体幹が中心となり、長時間の負荷に耐える必要があります。レース数ヶ月前から、プランクやメディシンボールを使ったトレーニングに加え、カヤックエルゴメーターを使用したインターバルトレーニングを取り入れ、体幹の持久力とパワー向上を図りました。
- パドルストロークの効率化: 無駄な動きを省き、効率的に推進力を得るためのパドルストローク技術をチームで共有し、反復練習を行いました。特に、ブレードの適切な角度維持と、体幹を使ったローテーションの重要性を確認しました。
- ボート内の補給戦略: 長時間ボートに座ったままの補給は、陸上とは異なる工夫が必要です。ジェルやゼリー飲料など、片手で素早く摂取できるものを用意し、ボートデッキやPFDのポケットなど、アクセスしやすい位置への配置をシミュレーションしました。
- ナビゲーションツールの配置: ボート上でのナビゲーションは、波や揺れがあるため、地図やコンパス、GPSの確認が容易ではありません。防水マップケースをボート前方に固定し、GPSウォッチも視認しやすい位置に装着するなど、必要な情報に素早くアクセスできる配置を検討しました。
- 装備選択: パドルセクションでの快適性を重視し、速乾性の高いウェア、擦れを防ぐための対策、そして万一の浸水に備えた防水バッグの準備などを行いました。また、パドルはチームメンバーの体格や力量に合わせた長さと形状のものを選定しました。
レース全体の目標としては、パドルセクションを想定タイム内に通過し、その後のパートへの体力の消耗を最小限に抑え、総合順位で上位を目指すことと設定しました。
レース中の詳細レポート:パドルセクションを中心に
レースはまずトレッキングからスタートしました。比較的なだらかな丘陵地帯を約10km進み、最初のトランジションエリア(TA1)でパドルセクションへ移行します。
TA1 → TA2(パドルセクション:約40km)
TA1に到着後、事前に準備しておいたボートに乗り込み、いよいよメインのパドルセクションが始まりました。最初の10kmは広大な湖沼地帯です。視界が開けているためナビゲーションは比較的容易でしたが、風の影響を受けやすく、向かい風の場合はかなりの体力消耗が予想されました。幸い、この時間帯は穏やかなコンディションで、計画通りのペースで漕ぎ進めることができました。
パドル開始から約2時間経過した頃から、徐々に体幹、特に腹筋や背筋、肩周りに疲労が蓄積し始めました。意識的に体幹を使ったローテーションを心がけていましたが、長時間同じ動作を繰り返すことによる単調な疲労は避けられません。チームメンバーと声を掛け合い、一定のリズムを保つよう努めました。
湖沼地帯を抜けると、コースは狭く曲がりくねった河川へと入ります。ここでは、地形図上の等高線や河川の形状、そして植生の変化などを注意深く観察しながら、正確なナビゲーションが求められました。河川の蛇行に合わせてボートの向きを頻繁に変える必要があり、パドル操作の技術に加え、チームメンバーとの息の合った連携が重要になります。
- ナビゲーションの判断: 河川セクションでは、複数の支流や小さな入り江が存在し、誤った方向に進むリスクがありました。特に夜間に入ると視界が悪化し、地形を読み取るのが困難になります。私たちは、事前に地図上で確認しておいた特徴的な地形(例: 大きな岩、橋、川幅の変化)をチェックポイントとして利用し、頻繁に現在地を確認しました。一度、地図上では分かりづらい小さな分岐に入りかけましたが、コンパスの方位と地形の不一致に気づき、すぐに修正することができました。この迅速な修正判断は、迷いを最小限に抑える上で非常に重要でした。
- チーム連携の具体的な事例: 長時間パドルセクションでは、疲労から集中力が低下し、パドルストロークの乱れや会話の減少が見られます。私たちは、意図的に「掛け声」や「カウント」を取り入れ、チーム全体のストロークリズムを維持するよう努めました。また、疲労の度合いを正直に伝え合い、必要に応じてペースを調整したり、短い休憩を取る判断をしました。例えば、一人がナビゲーションに集中する際は、他のメンバーがパドルに集中するなど、役割分担も柔軟に行いました。
- 補給戦略の結果: ボート内での補給は、計画通りジェルやゼリー飲料を中心に実施しました。約1時間に1回のペースで定期的に補給を行ったことで、目立ったエネルギー切れは感じませんでした。ただし、固形物の摂取が難しいため、後半は胃が疲れ、甘いものを受け付けなくなる感覚がありました。これは次への課題です。
- 体力・精神面: パドル開始から8時間を経過した頃、体幹だけでなく全身の倦怠感が増しました。特に腰回りの疲労が顕著で、体幹のローテーションを使った効率的なストロークを維持するのが難しくなりました。精神的には、単調なパドル動作と夜間の暗闇により、モチベーションを維持するのが容易ではありませんでしたが、チームメンバーとの励まし合いや、チェックポイント到達という小さな目標設定により、集中力を保つよう努めました。
パドルセクションの終盤は、再び広めの水域に出ましたが、風向きが変わり、強い向かい風の中を漕ぎ進むことになりました。疲労困憊の状態での向かい風は精神的にも厳しく、ペースが大幅に落ちました。この状況での「休憩のタイミング」判断は非常に重要でしたが、TAが近いことを確認し、あえてペースを維持して早期のTA到達を目指す判断をしました。結果的には、休憩による体力の回復よりも、早期に次のパートへ移れたことの方がメリットは大きかったと感じています。
TA2に到着し、ボートから降りた際には、体幹と脚の疲労が想像以上に大きく、しばらくはまっすぐ立つことも困難な状態でした。
TA2 → フィニッシュ(バイク・トレッキング)
TA2からバイクパートへと移行しました。パドルで硬直した体幹と脚の筋肉が、バイクのペダリングにすぐに順応せず、最初のうちはぎこちない動きになりました。しかし、徐々に体が慣れてくると、パドルで使った筋肉とは異なる部位が使われるため、ある程度のリカバリー効果を感じました。
バイクパートでもナビゲーションミスは発生し得ますが、広い林道が多かったため、パドルセクションほどシビアな精度は求められませんでした。ただし、疲労による判断力低下から、地図上の小さな分岐を見落とす可能性は常にありました。定期的に立ち止まり、チームで地図を確認する時間を設けることで、大きなミスを防ぐことができました。
最後のトレッキングセクションでは、これまでのパドルとバイクで蓄積された疲労が一気に襲ってきました。特に下り坂では、体幹の不安定さからバランスを崩しそうになる場面も見られました。フィニッシュまでチーム一丸となり、互いをサポートしながら、なんとか制限時間内に完走することができました。
詳細な振り返りと分析
「レイクカントリーチャレンジ」を終えて、特に長時間パドルセクションに焦点を当て、詳細な振り返りを行いました。
成功要因:
- 事前の体幹トレーニング: 完全ではありませんでしたが、パドル開始後しばらくは体幹を意識した効率的なストロークを維持することができました。これは、事前の体幹持久力強化トレーニングの成果だと考えられます。
- ボート内の補給戦略: ジェルを中心とした定期的な補給により、目立ったエネルギー切れを起こさずにパドルセクションを通過できたことは大きな成功でした。
- チーム内の積極的なコミュニケーション: 疲労困憊の状況でも、声掛けや情報共有を怠らなかったことで、ナビゲーションミスを早期に修正し、互いのモチベーションを維持することができました。
失敗要因:
- 体幹疲労の深さ: 予想以上に体幹、特に腰周りの疲労が深く、パドル後半の効率が著しく低下しました。これは、パドル中の姿勢維持筋への負荷が、事前トレーニングの想定を上回っていたことを示唆しています。
- パドル後半のストローク効率低下: 体幹疲労により、腕や肩に頼ったストロークが増え、推進力が低下しました。また、向かい風という状況下で、効率の悪いストロークを続けることは、更なる体力消耗を招きました。
- 固形補給の課題: 長時間のボート上での固形物摂取の難しさと、後半の胃の疲れは次への課題です。エネルギー補給だけでなく、電解質やビタミンなども考慮した補給戦略の練り直しが必要です。
- パドル後の体への影響: パドルセクションで蓄積した体幹と下半身の疲労が、その後のバイクやトレッキングパートのパフォーマンスに影響を及ぼしました。パドルパート終了後のリカバリー方法や、次のパートへのスムーズな移行方法についても検討が必要です。
読者への学び:
このレース経験から、読者の皆様に特に伝えたい学びは以下の点です。
- パドルセクションは単なる「漕ぐ」パートではない: 正確なナビゲーション、チーム連携、そして効率的な体の使い方が複合的に求められます。事前の技術練習とチームでの役割分担の確認は非常に重要です。
- 体幹の持久力が鍵となる: 長時間のパドル動作では、体幹の筋力だけでなく、それを維持する持久力が不可欠です。アドベンチャーレース全体を通してのパフォーマンスに影響するため、体幹トレーニングは非常に重要です。
- 疲労下での判断力が命を救う: 疲労による集中力低下は避けられませんが、そこでいかに正確なナビゲーション判断を下せるかが、タイムだけでなく安全面でも重要です。疲労下での地図読み練習は有効です。
- 補給戦略はパート特性に合わせて: 陸上での補給とボート上での補給では、適した形態や摂取方法が異なります。レース形式に合わせて、事前に具体的な補給計画を立て、シミュレーションすることが推奨されます。
- パート間のスムーズな移行: あるパートでの疲労を、次のパートでいかにカバー・リカバリーできるかも重要です。トランジションエリアでの過ごし方や、次のパート開始直後の体の使い方を意識することも必要です。
装備レビュー
今回のレースで使用した装備の中から、特にパドルセクションに関連するものを中心にレビューします。
- パドル: カーボン製の軽量なツーリングパドルを使用しました。ブレードサイズは中程度で、長時間のパドルに適したタイプです。レース後半の体幹疲労下でも、軽量であるため腕への負担は比較的小さく抑えられましたが、それでも体幹が使えなくなると腕への負担は増大しました。
- PFD(ライフジャケット): アドベンチャーレース用のPFDは、浮力だけでなく、ポケットの多さやフィット感が重要です。使用したPFDは、前面に大きなメッシュポケットがあり、ジェルや行動食、ヘッドライトなどを収納するのに非常に便利でした。体にぴったりフィットするため、パドル動作の邪魔にもなりませんでした。
- パドルウェア: 速乾性の高い長袖シャツとロングタイツを着用しました。湖面からの飛沫や雨で濡れることは想定されますが、速乾性により体温の低下を防ぐことができました。また、パドル動作による擦れも少なく、快適性は高かったと感じています。
- ボート内の補給システム: ジェルはまとめてジップロックに入れ、ボート前方のデッキに防水テープで固定したマップケースの横に配置しました。ゼリー飲料はPFDのポケットに入れ、ストロー部分を外に出しておく工夫をしました。これにより、ボートを漕ぎながらでも比較的スムーズに補給を行うことができました。ただし、胃の疲れに対する対策として、固形物や温かい飲み物などをボート内で摂取する方法も検討すべきだと感じています。
具体的な改善策
今回の「レイクカントリーチャレンジ」での経験、特に長時間パドルセクションでの課題を踏まえ、次に参加するレースに向けて以下の具体的な改善策を実行する計画です。
- 体幹トレーニングの見直しと強化:
- 単なる静止プランクだけでなく、ローテーション動作を含む体幹トレーニング(例: ロシアンツイスト、ウッドチョップ)を重点的に行います。
- カヤックエルゴメーターの使用頻度を増やし、長時間連続で漕ぐトレーニングを取り入れ、レースを想定した体幹の持久力強化を図ります。
- パドル動作で特に疲労した腰回りの筋肉に焦点を当てたストレッチと強化を行います。
- パドル技術の再確認と練習:
- 体幹をより効率的に使ったパドルストロークを再確認するため、専門家の指導を受けることも検討します。
- 疲労下でも効率的なストロークを維持できるよう、意識的にゆっくりとしたペースで長時間漕ぐ練習を取り入れます。
- チームでパドル練習を行う際は、互いのストロークを観察し合い、改善点をフィードバックする時間を設けます。
- 補給戦略の多様化:
- 長時間パドルセクションでも摂取しやすく、かつ胃に負担をかけにくい固形補給食(例: 一口サイズの餅、ドライフルーツ)を研究・試食します。
- 電解質タブレットやアミノ酸サプリメントなど、エネルギー補給以外の必要な栄養素を効率的に摂取する方法を検討します。
- 温かい飲み物をボート内で摂取する方法(例: 保温ボトル)も検討し、疲労回復や精神的なリフレッシュに繋がるか検証します。
- パート間の移行訓練:
- パドル後にボートから降りて、すぐにトレッキングやバイクの動作に移るシミュレーション練習を行います。
- トランジションエリアでの時間配分を見直し、パドルで硬直した体をほぐすための簡単なストレッチやマッサージを取り入れることを検討します。
- 夜間ナビゲーション練習の強化:
- 夜間、特に水上や複雑な地形でのナビゲーション練習を重ね、視覚情報が制限された状況での地形把握能力とコンパスワーク精度を高めます。
まとめ
「レイクカントリーチャレンジ」は、長時間パドルセクションという明確な課題を突きつけられたレースでした。体幹疲労への準備不足、そして疲労下でのパドル効率維持の難しさを痛感しましたが、同時にチームでの連携や事前の補給戦略の重要性を再認識する機会ともなりました。
アドベンチャーレースは、体力、技術、ナビゲーション、そしてチームワークの総合力が試される競技です。今回の経験から得られた具体的な学びと改善策を次に活かし、より効率的で、かつ困難な状況でもパフォーマンスを維持できるチームを目指して、今後のトレーニングに取り組んでまいります。この記事が、読者の皆様が自身のレース活動におけるパドルセクション対策や、長時間にわたる体力・技術維持のためのヒントとなれば幸いです。